東京ファッションシーンの未来を担う若手注目デザイナーの2組によるトークセッション!
《TENDER PERSON》×《KEISUKEYOSHIDA》
【Part1/3】

1つの価値観に捉われることなく多様性を大切にすることがコンセプトのセレクトショップ《BOICE》に相応しい《TENDER PERSON》と《KEISUKEYOSHIDA》の二組のブランドのトークセッションは、自らのブランドのことだけに留まらず、互いの制作背景や今後のヴィジョンについても話が及ぶ“らしさ”を感じるセッションとなった。

2018.06.01 Fri

―小林さんと吉田さんは学生時代からのお知り合いということですが、具体的にどのような繋がりだったのでしょうか?

小林(小林時生《BOICE》バイヤー。以下、小林。):学生時代に参加していた服飾サークルの活動を通じて、別の大学で同じく服飾サークルに参加していた吉田君と知り合いました。一緒に制作したり、ショーに参加していたわけではないのですが、お互いが制作した服を見に行ったりという感じの交流がありました。その頃は僕自身もファッションデザイナーになりたいと思っていましたし。笑 学生時代からの知り合いということで言うとBOICEでも取り扱いのある《Proef》の五十嵐さんも同じですね。

吉田(吉田圭佑《KEISUKEYOSHIDA》デザイナー。以下、吉田。):そうだね。忘れもしないのは、時生(BOICEバイヤー小林)がスニーカーにオリジナルのプリントをしたモノを学生の時に展示販売したことがあって、その時になぜかバイヤーにアポイントを取る手伝いをさせられて、GWとかでお店も忙しい時期だったのから電話口で「こんな時期に電話してくるな!」ってめちゃキレられたりして。笑 そんなこともありましたけど、お互いにファッションが大好きで、学生時代から交流が始まって今に至ると言う感じですかね。

《KEISUKEYOSHIDA》デザイナーの吉田圭佑氏

 

―学生時代からの交流もあって、今回BOICEで《KEISUKEYOSHIDA》と《TENDER PERSON》という2つのブランドを取り扱うことになったのは、どんな考えや経緯があったのでしょうか?

小林:BOICEは大前提として、これまでBAYCREW’S GROUPで取り扱ったことのないブランドを積極的にピックアップする必要があって、もちろん何の繋がりもないところから探すということもしていますが、同世代のデザイナーに聞いてみるのも面白いかもしれないと思って吉田君に聞いてみたら、「今なら《TENDER PERSON》がいいんじゃない?」と薦められて、紹介してもらいました。もちろん《KEISUKE YOSHIDA》もショーを見させてもらって、若い子たちにフォローされているブランドということを肌で感じたので、バイイングの会議でもプッシュしました。

ヤシゲ(ヤシゲユウト《TENDER PERSON》デザイナー。以下、ヤシゲ。):タイミング的にも結構奇跡的でしたよね。確か、展示会の最終日に小林さんに来てもらったんじゃなかったかな。ギリギリだったことを覚えています。

吉田:その流れだと《TO DO KOTOHA YOKOZAWA》も時生が気になっていると言っていたので、一緒に展示会に行ったよね。

《TENDER PERSON》デザイナーのヤシゲユウト氏

 

―吉田さんと《TENDER PERSON》のお二人とはどういった繋がりがあったのですか?

ヤシゲ:最初に飲みの席で一緒になったのがきっかけで、それ以来ちょこちょこ飲みにいったり、展示会に遊びに行かせてもらったりって感じですね。最初に会ったのって何の飲みでしたっけ?

吉田:確か《YOHEI OHNO》の大野君、《AKIKO AOKI》の青木さんたちと飲んでいた時に、大野君がヤシゲと仲が良かったということで、呼んだんじゃなかったかな。

―実際に会う前からお互いのことは知っていたんでしょうか?

ヤシゲ:もちろん知ってました。東コレの反省会みたいなイベントがあった時に、圭佑君がパネラーとして参加していたのを客席から見ていたことがあったんですけど、その時は「この人めちゃくちゃ偉そうなこと言ってるし、絶対合わないわ」って思ってたんですけど、実際会って話たらすごい良い人だし、意気投合してしまって。笑

吉田:そのイベントは、メディアとデザイナーがお互いに思っていることを言い合うという趣旨のイベントだったから、自分が思っていることを口に出してしまって。笑 

ヤシゲ:めちゃ上からの物言いだなって思う一方で、「メディアがうまく機能していないから若手ブランドが育っていかない」とか、結構的を得ているなと感じることもありました。もちろん、それがきっかけで知ったわけではなくて、《KEISUKEYOSHIDA》の最初のコレクションでグラビア写真を持ち出し部分に挟み込んだコートを発表していたのが凄く格好良くて「この人すごいな」って思ってました。普通に欲しかったですし。

―吉田君はエスモードの卒業コレクションで、《TENDER PERSON》は文化服装学院在学中にデビューしていますが、ファッションを勉強し始めた時から自分のブランドでデビューすることは明確に決めていたんでしょうか?

吉田:僕は、大学在学中にここのがっこうに通っていて、大学卒業後に衣装製作のインターンをしていた時に、エスモードに一年制で最上級生のクラスができと言うことを聞いて、じゃあ行ってみようくらいの気持ちで入学したんです。入学してからそこがブランドを立ち上げることが目標のクラスということを知ったくらいで笑。 だから、その年に自分ブランドを始めるということは4月の段階では全く考えてもいませんでした。でも、学校でコレクションを作っていくなかで、ちゃんと作ったものを世に発表したいな、共感してもらえる強度がこれにはちゃんとあるかもなって思うようになっていっいつかはやってみたいって憧れはずっとあったので、今始めるべきなんじゃないかなって思うようになりました。周りの人たちに恵まれているし、運もすごく良かったと思います。

ヤシゲ:僕は文化に入学して授業を受けている中で、自分がやりたいことはこういうことじゃないなと感じて、もっとリアルでストリートの人に着てもらえるような服を作りたいと思っていて、進級するタイミングで友達から「原宿で展示するから一緒にやらない?」って誘われたことがきっかけで、名前を考えてブランドとして活動を始めました。在学中にブランドを始めたのはたまたまと言えばたまたまで、入学前から考えていたわけではないですね。

ビアンカ:(メンドンサ・ビアンカ・サユリ《TENDER PERSON》デザイナー):最初、(ヤシゲが)デザインは出来るけど、パターンは引けないし、服の構造がどうなってるかわからないという感じで、私が通っていたコースがデザインもパターンも総合的にやるコースだったので教えてあげていたんです。そういう関わり方だったので、最初は展示会に出るのも嫌だったんですけど、2回目からは私も表に出るようになったくらいなので、自分からブランドをやりたいっていう感じではなかったですね。

《TENDER PERSON》デザイナーのメンドンサ・ビアンカ・サユリ氏

 

小林:《TENDER PERSON》は、二人ともがデザイナーという肩書きですか?

ヤシゲ:デザイナー…、どうなんだろう?圭佑君はデザイナーっていう肩書きですか?

吉田:デザイナーだね。ヤシゲは社長とか?笑

ヤシゲ:いやいや、自分でデザイナーって思ったことないですし、なんかしっくりこないんですよね。やってることはデザイナーなんでしょうけど、最初はクリエイティブ・ディレクターだと思ってました。

吉田:肩書き自体に強いこだわりはないけど、服だけをデザインしてるわけじゃなくって、その時その時の自分の感情や社会と向き合ったりとか、服を通してこれからの人の在り方や、装いを想像したりしているわけで、ういうのが全部ファッションだと考えているから、ただ服のデザインをしてるってよりファッションデザインだなって思っていて。全体としてのファッションを作っているという気持ちがあるので、肩書きはファッションデザイナーなのかなって。

ビアンカ:私は肩書きはあまり気にしないですかね。自己紹介する時とかに分かりやすいからデザイナーって言ってるくらいで、意識はしてないです。

ヤシゲ:元々は名刺にも肩書きは入れてなかったんですけど、役割というか《TENDER PERSON》で何をしてるのって聞かれることが多かったので入れてる程度です。

次回は、それぞれのブランドのコンセプトからデザインのプロセスまでを二組のデザイナーが想いを話す。

Part. 2/3につづく

あなたは何かを選ぶ時に「同じこと」と「違うこと」のどちらを前提にしますか?
《TENDER PERSON》 2018 ss Collection
《KEISUKE YOSHIDA》 2018 ss Collection
既製服という工業製品の中に感じる温もりの正体とは?

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